私のジブリ・ノート

私が初めてジブリ作品を見たのは2010年。最初の2週間で宮崎作品を全て見た。何かが爆発した

『火垂るの墓』を見た。(その2)「意地悪な親戚のおばさん」は本当に意地悪か。

火垂るの墓

 

(その1)からの続きです。

 

この映画は兄と妹の生と死を描いているわけだけど、この少年はすごく独りよがりな部分がある。親戚の家に厄介になっていて、母が死んだと知れるとごくつぶしのみなしごの面倒を見ているというふうに露骨に態度が変わり、結局はそれに我慢が出来なくなって二人で池(湖?)のそばの防空壕に引っ越してしまい、食べ物に事欠いて池のタニシ(?)や食用ガエルを捕まえたり、畑の作物を盗んだりし、最後には空襲警報が鳴る中、避難で空になった家を家探しして着物を奪って逃げ、それを食べ物にかえようとしたり、完全に犯罪まで犯してしまう。

 

彼らは結局親戚の厄介になっている不自由さに我慢が出来なくなって自分たちの命をも縮めてしまったのであり、「意地悪な親戚のおばさん」の振る舞いに我慢して小さくなって生活していたら少なくとも死なずに済んだかもしれなかったわけだ。

 

ふと思い立って「意地悪な親戚のおばさん」という言葉でググってみたら検索結果の上位がいくつも『火垂るの墓』のこのおばさんに関連した文章で笑ってしまったのだが、このおばさんは本当に「意地悪」だろうか。

 

考えてみればわかるけれども、少なくとも特別にひどい人ではないだろう。ちょっと物事をはっきり言いすぎる、口の悪い人ではあるけれども、居候させている子供たちが全然自分の言うことを聞かなかったらいろいろ言いたいこともあるだろうとは思う。自分が少年の立場だったらどうするかと考えてみると、たぶん我慢しただろうと思うし、当時生き残っている同じ立場の子どもたちはほとんどみな、そうしただろうと思う。

 

それが出来なかったのは少年がやはりプライドが高かったからで、これは原作者の野坂昭如の実体験が反映されているのだろうけど、こういう境遇の中で決然と4歳の妹を連れて家を出て行ってしまうということは誰にでもできることではないから、それを決行した少年への共感と憧憬を同世代の人々は感じたのではないかと思う。

 

母が生きていると思っているから「親戚のおばさん」もちょっとの辛抱だと思って我慢していたわけだけど、いつまで居座られるかわからないと思えば戦時下の厳しい状況の中で少しは役に立ってもらいたいと思っても不思議はないだろうし、「自分たちの持ってきた梅干し」「母親の着物と変えた米」というふうに権利ばかり主張されたら面白くはないだろう。

 

また近所の農家のおじさんにしてもお金を出している間はいろいろ親切にしてくれたりしてもお金がないから助けてほしいと言われたら掌を返したように「親戚の家に戻ったらどうだ」と冷たくあしらうのもまさに金の切れ目が縁の切れ目で、当然と言えば当然ということになる。

 

これらの大人たちは結局主人公たちに対して「世の中とは、世間とはこういうもの」ということを身を持って教えてくれる存在であり、海軍将校の子弟として不自由なく育ってきた子供たちにとっては初めて接する世間であったことは間違いない。頭を下げて居候させてもらい、状況が変わるまでとにかく生き延びるということは彼らにとって耐えられないことだったわけだ。

 

そして作物を盗んだ少年を徹底的に折檻して警察に突き出した農家のおじさんも、自分の畑を荒らされて怒るのは当たり前のことだし、警察に突き出すのも当たり前のことだが、説諭して解放すると言われて不満そうにしたら未成年者に対する暴力行為だと言われて急に引っ込んでしまう。

 

いつの状況でも兄と妹に対して優しいのはむしろ官の側であり、庶民は彼らに対して厳しく当たる。少なくとも庶民にとって当然だと思われることをしているにすぎないわけだ。このあたりのところはすごくリアリティがあるというか、たぶん宮崎駿ならこういう撮り方は絶対にしない。

 

悪い、厳しいのは一般に官の側であり、庶民の側には必ず太っ腹な優しいおばさんかおじさんがいて少年たちを保護し、後ろ盾になってくれる。そこに宮崎アニメの夢があり人気の秘密があるわけだけど、現実の社会ではこの兄と妹のような立場のような人間に対して優しいのはむしろ官の側で「世間は冷たい」というのが実際のリアルな現実だろう。

 

(その3)に続きます。