私のジブリ・ノート

私が初めてジブリ作品を見たのは2010年。最初の2週間で宮崎作品を全て見た。何かが爆発した

『紅の豚』は『風立ちぬ』につながる、死者を追慕しつつ生きることを選択する、宮崎監督の大人のアニメだった。

紅の豚 [DVD]

 

紅の豚』を見た。観終わった第一印象は、宮崎監督にしては珍しい「普通の映画」という感じ。リアリティというか、ヨーロッパ映画的な手触りの上にファンタジー性を盛っている。そのせいなのか、見終わった後の「印象」はかなり強い。波止場に止めた船、あるいは飛行艇に寄せる波の音が聞こえてきて、大空の深さが見える気がする。観終わった後に何か考えてしまう他の作品とは一線が画されている感じがする。

 

カサブランカ』のボギーみたいなせりふがいくつもあって、ヒロインのジーナは美人。声は加藤登紀子で、歌も歌っている。宮崎監督が豚にこだわっているのは、自らの何かの部分をこの動物が担っているということなのだと思う。宮崎監督は、たぶん自分が一番自然に描けるものを描いたのではないだろうか。ウィキペディアを見ると宮崎監督はそういうものを描いてよかったのかどうかと悩んだようだったが。ポルコは宮崎監督自身のある種の理想像だろう。『カサブランカ』のパターンを使って、ボギーとバーグマンの役柄を入れ替え、ヒロインのジーナが酒場を経営している。

 

一番いいと思った場面は、空にたなびく飛行機雲に見えたものが、たくさんの飛行機の「墓場」だったところだ。まさに「雲の墓標」。飛行機・飛行艇乗りの魂は大空の一番高いところに還っていく。天空にある魂の故郷。実写では表現しにくい場面だなと思う。「ここでは人生はあなたのお国よりももう少し複雑なの」とアメリカを揶揄しているけれども、実際にはヨーロッパを舞台にしたハリウッド映画的な感じもある。

 

脇役たち、空賊とか、もう一人のヒロイン・フィオとかは見事に宮崎アニメの登場人物で、その二つの合体でできている、大人のファンタジー。『崖の上のポニョ』のグランマンマーレが宮崎作品ではみたことのない美人さんだと思ったが、すでにここで出ていたのだ。

 

大人向けの作品なので、物語の枠が一番緩やかで、縛りが弱い感じがする。どんなふうにでも想像自由な感じがするところがのびやかでいい。他のアニメもそうだが後日譚は描かないのであとが知りたいという気持ちが残り、映画への関心が持続する感じがする。

 

大人のアニメということで、やはり一作だけ特異な感じがするけれども、逆にこの地点があるから宮崎ワールドの底の知れなさというか、奥深さを見ることが出来もするし、ああ、こういうものもつくるんだなあということでなんだか安心感もあるなと思った。

 

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この文章は、2010年10月にこの作品を初めて見たとき「Feel in my bones」に書いた感想に加筆・修正したものです。

 

2014年2月の現在から見ると、宮崎監督の「最後の作品」が『風立ちぬ』という飛行機設計者を描いた作品だったことは、とても印象的です。

 

空で死んでいったものへの限りない哀惜と追慕、それでも地上で生きなければならないという定めの自覚。こんなものをつくっていいんだろうかという迷いから、こういうものがつくられなければならなかったんだというある種の突き抜け。この二作品を並べてみることで見えてくるものがあるように思いました。

 

風立ちぬ (ロマンアルバム)